ソロアーティスト

須田景凪好きの心をくすぐる現役ニート、秋山黄色。

スニーカーが好きな人は古着が好きだったり、メイクが好きな人はスキンケアにも興味があるように「〇〇が好きだったら△△も好き」っていう好きの公式がそれぞれの分野で存在すると思う。

その調子でこの記事では須田景凪のリスナーさんだったら秋山黄色の良さもわかってくれそうだっていう偏見に基づいて、彼の良さを伝えていきたい。

というわけで本日は、須田景凪のリスナーさんへ新しい音楽を紹介。1stミニアルバムをリリースした2019年1月23日の時点で現役ニートと自ら語るアーティスト、秋山黄色を知ってほしい。

須田景凪好きに秋山黄色を勧めたい理由。


曲名:猿上がりシティーポップ|秋山黄色

 

須田景凪はバルーンとしての名前で活躍しているのもあってボーカロイド寄り、秋山黄色は音作り的にもライブハウス寄りなイメージがある。こうして考えると真反対なのに須田景凪好きな方に秋山黄色を勧めたいのには理由があって、須田景凪も秋山黄色も流行りっぽい曲調の中に確固たる音の個性があるからだ。

いってしまえば猿上がりシティーポップはMVからもう好きな感じではないだろうか。変拍子っぽく始まってるイントロもそうだけど、サビなんかはもう8割以上の方の好みだと思うから信じて聴いてみてほしい。

秋山黄色に出会ったとき、古着屋さんで1着しかない自分好みのお洋服をみつけた時のような気持ちになった。「日頃から探していてやっと出会えた!」という誰かに自慢したいような、自分だけで噛み締めたいような喜びが浮ついてる感じ。

「会えたら いいな いいな いいな 」って繰り返されるメロディーも、絶望って感情を人の何倍も感じやすい主人公とは裏腹に進む疾走感も、「息を吸って吐いて、また吸わなきゃ終わりって笑えるね」って言葉も、ひとしずくの希望みたいな最後の歌声も、全部好き。

最近の古着好きは揃いも揃ってオーバーサイズのスウェットにワイドパンツ、靴はコンバースをあわせてしまうみたいに、流行りの中に自分らしさを咲かせるのは難しい。個性は集まれば無個性だ。だけど須田景凪も秋山黄色もそれぞれの世界観を咲かせている。誰にも飲まれない独創性がある音楽ってちょっと寂しげでかっこいい。イントロとか間奏みたいにインストが目立つところなんて特に”らしさ”があるなぁと思う。

破れない個性を持っているからこそこれからもっと広まるであろう秋山黄色にも今から注目していてほしい。

秋山黄色を聴く人は幸せを遠ざけがち

曲名:ドロシー|秋山黄色

 

とても言葉にするのが難しかったけど須田景凪好きに秋山黄色が刺さる理由が少しでも伝わっていれば幸いです。なんとなく良さをわかってくれたみなさんへ、ここからはひたすら秋山黄色について述べていきたい。

煙かかったステージの証明を見ながら「ドロシー」の間奏をライブハウスで聴いていたい。音と光で作られた空間はきっと綺麗で、自分は涙脆いからその空間の美しさにきっと泣く。肌寒い今の季節に東京の汚い空に光る星たちを見ながら聴いたときの感情の正体はきっとずっとわからないだろうな。

 

(引用:公式HPよりスクリーンショット)

「ドロシー」は公式HPで本人が語っているように、本来なら音で表現できるはずのない「時間のずれ」がテーマ。そのコメントで気になるのがここだ。

たとえば一緒にいたい人がいたとしても最終的にはどちらかが先にいなくなってしまうっていうことを書いていて。
(引用:公式HPより)

これを読んで秋山黄色に共感して惹かれる人たちってきっと汚れのない幸せがなんだか苦手なひとだと思った。先で待ち構えている悲しみに誰よりもはやく気づいてしまって幸福感がちょっと怖くなる感じ。わたしもこういうの多い、だから秋山黄色好きなんだろうけど。

「ドロシー」に限った話ではなくて、わたしの中で秋山黄色は、日常のなかにある寂しい感情に敏感であるがゆえに その気持ちに音と言葉のせることで悲しさをほぐしてくれる人。秋山黄色を聴くと「こんな孤独な気持ちは自分だけじゃないんだ」って安心できる、夜とか特に。

流行りの音楽なのに個性を忘れない秋山黄色をぜひ

(引用:NAVERまとめより)

「須田景凪を好きなら秋山黄色も好き」なんて公式めいたことで始まったこの記事ですが、最後まで読んでくれたあなたが秋山黄色の魅力に気づいてくれたことを願います。

流行りの音楽の中に誰にも潰されない個性を咲かせるアーティスト、秋山黄色をぜひに。

読んでいただきありがとうございました。

 

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